80's New Wave Laboratory

80年代のニューウェイヴ音源を中心に、近況やYouTube映像などを交えてレビューを書いています

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Siouxsie & The Banshees/Juju

JujuJuju
Siouxsie and the Banshees

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今日紹介するのは、スージー&ザ・バンシーズ [ Siouxsie And The Banshees ] (以降スジバン)の作品の中でも非常に高い評価を受けている1981年発表の4thアルバム『Juju(邦題:呪々)』です。

スジバンは、元々セックス・ピストルズ [ Sex Pistols ] の親衛隊であったスージー・スー [ Siouxsie Sioux ] とスティーヴ・セヴェリン [ Steven Severin ] が中心となり、1976年にロンドンで結成、78年にシングル「Hong Kong Garden(邦題:香港庭園)」でデビューしました。
(注:シングル曲「Hong Kong Garden」は日本盤『The Scream(邦題:香港庭園)』に追加収録されており、輸入盤『The Scream』(1978年)には元々収録されていません。)

一昨年、「Hong Kong Garden」は、ソフィア・コッポラ監督の映画『マリー・アントワネット』に使われたことから、バウ・ワウ・ワウ [ Bow Wow Wow ] の「I Want Candy」などと共に再び注目を集めたのはまだ記憶に新しいですね。

「Hong Kong Garden」のプロモ映像
映画『マリー・アントワネット』で「Hong Kong Garden」が使われたシーンの映像(サントラはこのバージョンを収録)

スジバンには、なぜかドラマーとしてピストルズのシド・ヴィシャス [ Sid Vicious ] (噂によれば、ベースよりもドラムの方がマシなんだとか…笑)、ギタリストとしては、アダム&ジ・アンツ [ Adam & The Ants ] のマルコ・ピローニ [ Marco Pirroni ] 、マガジン [ Magazine ] のジョン・マクガフ [ John McGeoch ] 、キュアー [ The Cure ] のロバート・スミス [ Robert Smith ] などが在籍したこともあるのですが、スージーとセヴェリン、そして、79年に加入した元スリッツ [ The Slits ] のドラマー、バッジー [ Budgie ] 以外のメンバーは常に流動的で、96年に解散、2002年に一時的に再結成されました。

スージーは現在でも「ゴスの女王」としてカリスマ的な人気を持ち、後発のグループやファンに強く影響を与えています(蛇足ですが、「ゴスの帝王」と呼ばれている元バウハウス [ Bauhaus ] のピーター・マーフィー [ Peter Murphy ] と同じく、本人的には「ゴス」と呼ばれることにどうも抵抗があるようです)。

ちなみに、ウィキによれば、スージー・スーという名前は、本名のスーザンの愛称であるスージー及びスーを、インディアンのスー族(Sioux)の綴りにしたものだそうで、グループ名のバンシーズは、アイルランドおよびスコットランド地方で家人の死を予告すると言われる女の妖精バンシーに由来するとのこと。
また、セヴェリンは、マゾッホの『毛皮を着たヴィーナス』の主人公の名前だそうで、こちらも本名ではないようです。

なお、スージーとバッジーは91年に結婚していますが、噂によれば昨年離婚しているのだとか。


本作『Juju』はスジバンの第1期と呼ばれる時期の最後の作品で、この直後『Once Upon a Time: The Singles』というベスト盤を発表することで一応の区切りを付け、スージーとバッジーは2人でクリーチャーズ [ The Creatures ] という別ユニットを結成、翌82年発表の次作『A Kiss in the Dreamhouse』以降を形式的に第2期と呼んでいます(第2期以降のベストは『Twice Upon a Time: The Singles』として発表されています)。

第1期と第2期の違いを、わかりやすく簡単に説明するなら第1期が「パンク」、第2期が「ゴス」ということになるのですが、発表順に聴いていくと、本作に至るまでに、徐々に、パンクの典型とも言えるノイジーなギター・サウンドが控えめになり、代わりに、民族的なノリを感じさせるバッジー独特のドラムや、変幻自在のジョン・マクガフのギターなどが表面化して来ています。

決して、本作と次作の間で急激な変化を迎えたわけではありません。

この変化に関して言えば、特にマクガフのギターの貢献度は大きく、出音的な意味で、彼がパンク出身のスジバンを唯一無二な個性を持つ存在にまで育てたと言っても過言ではないように思います。

前作『Kaleidoscope』(1980)では、ピストルズのスティーヴ・ジョーンズ [ Steve Jones ] と共に、ゲスト・ギタリストとして参加していたマクガフが、本作で正式メンバーとして迎え入れられたのも頷ける気がします。

もちろん、作曲技術的の向上も感じられるのですが、これらのスジバン独特のゴスっぽい音が徐々に固まって行く様は、今になってあらためて聴くと非常に面白いところですね。

第2期の一作目となる『A Kiss in the Dreamhouse』で明らかな変化があるとすれば、ホラー映画のサントラさながらのストリングス(キュアーにアイデアを盗まれたというあの音ですね…笑)が加わったことと、奥行きを感じさせる空間的な処理が挙げられるのですが、メンツ的には『Juju』と『A Kiss In The Dreamhouse』とはほぼ同じで、ストリングス以外は音的なつながりも感じるため、本作『Juju』は第2期の始まりを予告する序章的な作品と捉えることもできるでしょう。

言わば、最もスジバンらしい(=ゴスっぽい)アルバムというわけですね。
ファンの間で最高傑作と呼ばれているのも頷ける気がします。

先述のベスト盤『Once Upon a Time: The Singles』にも収録された「Spellbound」や「Arabian Knights」などは、まさしくスジバンの絶頂期を象徴する曲で、クリーチャーズにつながるバッジーの民族的なドラムと、不安感を高めるマクガフのギター、セヴェリンの重たく地を這うようなベース、そして、スージーの呪術的なボーカルがバランス良く同居しています。

しかし、シングル曲だけでは本作のすばらしさをご理解いただけません。

タイトルからして不気味な「Voodoo Dolly」やスージーの切れ方がすばらしい「Head Cut」、マクガフのギターが幻想的な「Into The Light」、スピード感のある「Halloween」など、アルバムを通して聴くと、静と動のコントラストが見事で、1枚の作品として完成されていることがおわかりいただけるのではないでしょうか。

「Spellbound」のPV
「Arabian Knights」のPV

「Spellbound~Arabian Knights」のライヴ映像
「Halloween」のライヴ映像
「Night Shift」のライヴ映像
「Sin in My Heart 」のライヴ映像
「Head Cut」のライヴ映像
「Voodoo Dolly」のライヴ映像
(ライヴ映像はすべて1981年のもの)

なお、マクガフは次作『A Kiss in the Dreamhouse』を最後にスジバンを脱退、その後は、ギタリストの座をキュアーのロバート・スミスにバトンタッチしています。

しかし、ルックス的なインパクトでは勝るものの(笑)、音的にはマクガフを越えることはできなかったような気がします。

マクガフのギターは、マガジン時代やヴィサージ [ Visage ] の1stアルバム『Visage』、また、スジバン以降ではピーター・マーフィーの1stソロ『Should the World Fail to Fall Apart』やP.I.L.の『Happy?』などでも聴くことができますが、個人的には、スジバンでのプレイが最も気に入っています。

残念ながら2004年に帰らぬ人となってしまいましたが、もっともっと評価されるべきギタリストだったのではないでしょうか。


もし、ベスト盤以外でスジバンのアルバムを1枚だけ選べと言われれば、私は、本作『Juju』を選ぶでしょう。
スジバンの絶頂期と感じているマクガフ在籍時の作品の中で、最も完成度の高いアルバムですからね。

未聴の方は、アマゾンか上のYouTube映像でとりあえず試聴してみて下さい。
恐らく、ファンの方が最高傑作と呼ぶ意味がおわかりいただけると思いますよ。


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Haysi Fantayzee/Battle Hymns For Children Singing

Battle Hymns for Children SingingBattle Hymns for Children Singing
Haysi Fantayzee

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ハイジ・ファンテイジー [ Haysi Fantayzee ] は1982年に結成された、ファッショナブルなクラブ系ユニット。

メンバーは、ボーカルのジェレミー・ハーリー [ Jeremy Healy ] とケイト・ガーナー [ Kate Garner ] 、それに、作曲/プロデュース/マネージャーを兼任していた、元アニマル・マグネット [ Animal Magnet ] というバンドのキーボーダー、ポール・カプリン [ Paul Caplin ] の3人(ポールはプロモにもライヴにもほとんど顔を出していません)で、この『Battle Hymns For Children Singing(邦題:子供たちの軍歌)』という、たった1枚のアルバムを残して、いつのまにやら消滅してしまいました。

実は、このアルバム、当時は遊び人だった家の姉が、ニューウェイヴ系のディスコで流れていた「Shiny Shiny」という曲を気に入り早速12inchシングルを購入、それを聴いて気に入った私が12inchを探した時にはすでに品切れていたため、代わりにアルバム(レコード)を購入、さらにそれを聴いて気に入った姉が探した時にはアルバムも品切れ、という妙な思い出のあるアルバムなのです。

一昨年、本作(CD)を「80's UK New Wave」で紹介した時は、アマゾンのマーケットプレイス(中古)で1点だけしか取り扱っておらず、しかも23,800円というとんでもないプレミアがついていたのですが、ここへきてベスト盤扱いのボーナス・トラックを多数収録した輸入盤が入荷したようでお安く購入できるようになりました。
しかし、彼らのレコードは、依然、かなり入手困難だそうで、仮にあったとしても(特に12inchは)やはりそれなりのプレミア価格だとか・・・。
なんでも、血眼になって探しておられる80's系のDJさんが大勢おられるそうです。


さて、このユニット、個人的には当時の最先端を走っていたお洒落なグループという印象が残っています。
というのも、ジェレミーは元々クラブDJ、ケイトはフォトグラファーということで、バンド活動を志していたわけではなく、流行を敏感に察知する夜遊び系の人たちだったんです。

この頃、マルコム・マクラレン [ Malcolm McLaren ] の彼女であったヴィヴィアン・ウエストウッド [ Vivienne Westwood ] の経営するブティック、ワールズ・エンドに代表される、ベガー・ルックやエスノ・ルックとも呼ばれたフォルクローレ・ボロ・ファッションは、カルチャー・クラブ [ Culture Club ] や、バウ・ワウ・ワウ [ Bow Wow Wow ] などのバンドでもおなじみのものですが、彼らもほぼ同じ時期にこういったクラブカルチャーの中で育っており、よく比較されていたのを覚えています。

そういえば、日本でも元プラスチックスの佐藤チカさんが、MELONを結成した頃にDEP'T STOREの中にブースを借りて、この手の洋服を販売しておられましたね。

一方、音楽的には、マルコム・マクラーレンの「Duck Rock」あたりの流れから、スクラッチ系の技法や曲調を踏襲し、ラップ調(シャウト調?)の男性ボーカルと女性ボーカル、それに、アイリッシュ・パブ系のフォルクローレ調フィドル(バイオリン)などを盛り込んだ、クラブ・カルチャー系の最先端サウンドで、当時はずいぶん尖ったイメージを抱きました。

今考えてみれば、 ハイジ・ファンテイジーは、何でもありなニューウェイヴという音楽文化を象徴する一つの流れだったのかも知れません。

悪く言えば、ファッション先行型ユニットの象徴的なスタイルなので、音楽的には軽薄なものと思われるかも知れませんが、音楽がファッションと切っても切れない関係にあることを考えれば、これはこれで奥が深いと言えなくもありません。

そんなところから、DJさんが血眼になって探しているのかも知れませんね。

いずれにしても、かなりのインパクトを持ったユニットだったことは間違いありません。


ところで、このアルバムの1曲目に収録されている「Shiny Shiny」の12inchシングルは曲の最後がエンドレス・カッティングという特殊な加工が施されていて、リズムが狂わないように巧い具合に針が飛び、曲の一節が延々と繰り返されるようになっていました。
当時のレコードって、こんな遊びが盛り込まれていたりすることが稀にあったんですが、クラブで流すことを意識したなかなか粋な仕掛けでした。

「Shiny Shiny」のPV

このアルバムからは、他にも「John Wayne is Big Leggy(邦題:正義の味方ジョン・ウェイン)」がシングルカットされ、日本のニューウェイヴ系のディスコでもかかりまくっていたのを覚えています。

「John Wayne Is Big Leggy」のPV
「John Wayne Is Big Leggy」のGroovy Long Version

また、本国では「Sister Friction」という曲もシングルカットされているのですが、他の曲もかなりイケてますので、興味を持たれた方は下記の映像もご覧になってみてください。

「Sister Friction」のPV
「Here Comes The Beast」
「Jimmy Jive Jive」
「More Money」

ちなみに、彼らは、ライヴ・パフォーマンスは一切やらないと宣言していたのですが、イギリスのTop Of The PopsやドイツのVorsicht MusicなどのTV番組で口パクでライヴを披露しています。
恐らく、音楽面を支えていたポールが、バンド活動的には素人であったジェレミーとケイトを気遣ってこのような宣言をしていたんだと思うのですが、本人たち的には、もっと表立った活動がしたかったのかも知れません。

TV番組出演時の「Shiny Shiny」のライヴ映像
TV番組出演時の「Shiny Shiny 12inch Mix」のライヴ映像
TV番組出演時の「John Wayne Is Big Leggy」のライヴ映像

あと、4、5曲目のプロデュースは、T・レックス、D・ボウイなどのプロデュースで知られるトニー・ヴィスコンティー [ Tony Visconti ] で、8、9曲目に関してはギタリストとしても参加しています。
この手の色ものっぽいユニット(笑)には不釣り合いなような気もしますが、ひょっとするとポールの人脈なのかも知れませんね。


最後に、彼らのその後の活動を紹介しておきましょう。

現在ジェレミーは、DJ活動を続けながら、ボーイ・ジョージなど、他のアーチストの作品のアルバム・ミキサーとして活動、ケイトは83年に唯一のソロ・シングル「Love Me Like A Rocket」を発表していますが、以降は本業に戻り、写真家として、シンニード・オコナーのアルバムジャケットの写真や、ボーイ・ジョージ、デヴィッド・ボウイ、ミラ・ジョヴォヴィッチ、ナオミ・キャンベルなどの写真を撮るほど有名に、ポールは「カプリン・システム」という名のインターネット・ソフトウェアの会社の社長をやっているそうです。

Kate Garner「Love Me Like a Rocket」

息は長くはありませんでしたが、私の記憶の中にはかなり強烈なイメージを残してくれたユニットです。

さすがに彼らが再結成してレトロ・フェスに出演するようなことはあり得ないと思いますが、久しぶりに聴くと妙に興奮させられちゃいます(笑)。


The Blue Nile/Hats

HatsHats
The Blue Nile

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ブルー・ナイル [ The Blue Nile ] は、ポール・ブキャナン [ Paul Buchanan ] 、ロバート・ベル [ Robert Bell ] 、ポール・ジョセフ・ムーア [ Paul Joseph Moore ] の3人からなるスコットランド出身のグループ。

1981年に自主レーベルからデビュー・シングル「I Love This Town」を発表したのがRSOレコードの目にとまり、晴れてメジャーデビューとなるのですが、同曲のシングルを一枚発表したとたんにRSO自体が倒産、いきなり路頭に迷うことになってしまいます。

しかし、それまでに何とか完成していたアルバム用のデモテープを、地元グラスゴーのリン・プロダクツが試験用音源として使用したことから、ヴァージン傘下のリン・レコードとの繋がりが生まれ、83年にようやく1stアルバム『A Walk Across the Rooftops』の発表となりました。
このアルバムはセールスこそパッとしないものの、非常に緻密かつ、シンプルな音作りで、玄人筋からのウケは良く、音楽誌などでも高い評価を得ました。

本作『Hats』は、それから6年というメジャーバンドとしてはかなり長い期間を空けて89年に発表された2ndアルバムで、前作以上の評価を受けた、私にとってのブルー・ナイルの最高傑作です。

チープなリズムボックス的な音から始まるこのアルバムは、前作以上にシンプルに感じられ、前作以上に一つ一つの音にこだわり、不必要な音を削除するという引き算式での作曲法をとっているのがよくわかります。
おそらくは6年という歳月の間、練りに練った完璧なアレンジだったのでしょう。

特にストリングスとピアノの音色にかけられた透明感のある空間処理は非常に美しく、音数の少ない楽曲の中にあって最高に引立っていると思います。

また、電子楽器を多用しているにもかかわらず、まるでアコースティックバンドのようにオーガニックな音作りで、やさしく耳に入ってくる温かい楽曲はある意味での癒し系サウンドです。

「 From a Late Night Train」を除く全曲が5分以上の長い曲であるにもかかわらず、そのゆっくりと優雅に流れる大河のような落ち着いたサウンドは非常に心地良く、決して長ったらしいイメージを持つことはないでしょう。

曲の中ではポール・ブキャナンのシンプルな楽曲に良く馴染む表現力豊かなボーカルを聴くことができ、さりげなく味があり、汗を感じさせない大人っぽいムードを作っています。

このアルバムで一番有名な曲が2曲目の「Downtown Lights」で、ユーリーズミックスのアニー・レノックスがソロアルバム『Medusa』で、ロッド・スチュワートが『Spanner in the Works』でカバーするほどの名曲です。

♪「Headlights On The Parade」のPV
♪昨年の「Downtown Lights」のライヴ映像
♪一昨年の「Over the Hillside」のライヴ映像
♪「Saturday Night」を使った映像作品

彼らは一般的にはあまり認知されておらず、ヒットチャートを賑わせたこともありませんが、玄人受けのするミュージシャンズ・ミュージシャンという、アーチストにとっては非常に羨ましい評価を受けています。
セールスを常に意識し、何年に何枚のシングルとアルバムを発表するという契約のもと、売れないバンドは解雇するというよくあるレコード会社の姿勢とは完全に違っており、リン・レコードの懐の深さを感じさせてくれます。

この後はワーナーに移籍、『Hats』から7年というインターバルをあけて96年に3rdアルバム『Peace at Last』、さらに8年あけて04年に4thアルバム『High』が発表されているのですが、毎回「解散してなかったの?」と思わせるくらいの長いスパンには驚かされます。
何しろ、20年という長い活動歴の中でたったの4枚しかアルバムを発表していないのですから・・・。
これだけの期間があれば、フランク・ザッパなら30枚以上のアルバムを発表しているはずでしょう(笑)。

おそらく、これからもマイペースながら、作品を発表し続けてくれると思うのですが、次作はいつになることやら・・・。
1stアルバムから6年、7年、8年と、順に1年づつスパンが長くなっていることを考えれば、次は9年あけて2013年ということになるのでしょうか。

ミュージシャンズ・ミュージシャン、ご存じない方は一度聴いてみられてはいかがですか?
すぐに良さがわかるわけではないかも知れませんが、聴き込めば聴き込むほどにじんわりと伝わってくるものが必ずあるはずですよ。



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