80's New Wave Laboratory

80年代のニューウェイヴ音源を中心に、近況やYouTube映像などを交えてレビューを書いています

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ADAM & THE ANTS/Kings of the Wild Frontier

Kings of the Wild FrontierKings of the Wild Frontier
Adam & The Ants

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今日紹介するのは、アダム・アンド・ジ・アンツの [ Adam And The Ants ](1stの表記では ADAM & THE ANTZ)2ndアルバム『Kings of the Wild Frontier (邦題:アダムの王国)』です。

アダム・アンド・ジ・アンツは、マルコム・マクラレン [ Malcolm McLaren ] がセックス・ピストルズ [ Sex Pistols ] の後、そしてバウ・ワウ・ワウ [ Bow Wow Wow ] の前にプロデュースしたグループですが、もちろん、これらのグループと同じように、アルバムを音楽的にプロデュースしたわけではなく、対マスコミ戦略的にグループ自体をプロデュースしています。

ただ、他の2バンドと違うところは、バンド側(アダム)からマルコムにプロデュースを依頼したところです。

アダム・アンド・ジ・アンツは、ピストルズに刺激を受けたアダム・アント [ Adam Ant ] がパンクバンドとして1976年に結成。
デビュー前に、当時パンクの女王といわれたミス・ジョーダン [ Miss Jordan ] に認められ、デレク・ジャーマン [ Derek Jarman ] 監督の伝説的パンク映画(?)『ジュビリー [ Jubilee ] 』(1978年)に出演、この映画のサントラ・アルバム『Jubilee 』に彼らの曲も2曲収録されました。

これがきっかけとなり、同78年にデビューシングル「Young Parisians」を発表することとなったのですが、この頃はメンバーの入れ替わりが激しく、後にバウ・ワウ・ワウに引抜かれるマシュー・アッシュマン [ Matthew Ashman ] (G,P)とデイヴ・バルバロッサ [ Dave Barbarossa ] (D)、この後モノクローム・セットに参加するアンディ・ウォーレン [ Andy Warren ] (B)により録音されています。

続く79年には1stアルバム『Dirk Wears White Sox』の録音が行われ、シングル「Zerox」を発表、この直後にアダム自身がマルコム・マクラレンにバンドのプロデュースを依頼したのです。

「Zerox」のPV

しかし、アダムのワンマンなやり方が嫌だったのか、はたまたマルコムのやり方が気に食わなかったのか、マルコムのプロデュースが決まる頃にはアダム以外の元のメンバーはすべて脱退、代わりに、以降、解散後もアダムの右腕となるマルコ・ピローニ [ Marco Pirroni ] が参加することになりました。
マルコ・ピローニは元々ピストルズのシド・ヴィシャスの友人で、スージー&ザ・バンシーズ [ Siouxsie & The Banshees ] や、ザ・モデルズ [ The Models ] などにも参加したイタリア系の個性派ギタリスト。
おそらくはマルコムが彼を引っ張って来たのでしょう。

その後、マルコの広い人脈から元モデルズのメンツなどのメンバーを集め、シングル「Cartrouble」を発表、さらにメジャーレコード会社CBSに移籍し、1980年に2ndアルバムとなる本作『Kings of the Wild Frontier 』を完成させました。

「Cartrouble」のPV

なお、今日紹介している盤では黄色い枠がつき、当時のものと曲順が変わっているのですが、追加曲もあり、格安なのでその辺りは許してやって下さい。

音的には『Dirk Wears White Sox』から大きな変貌を遂げ、ディストーションの効いたパンク系のギターからマカロニ・ウエスタン調のギターに変わり、2人のドラマーによるアフリカンビートの上に低いトーンのコーラスや、妙なかけ声をのせ、独創的な海賊音楽(こんな海賊はいないはずですが…笑)を演じています。

さらに、ヴィジュアル面では、ピストルズやバウ・ワウ・ワウと同じく、当時マルコムの彼女であったヴィヴィアン・ウエストウッド [ Vivienne Westwood ] がスタイリングを担当し、マルコムの仕掛けた「デコラディブなパイレーツスタイル」に変貌をとげたのです。

今になって考えてみればイロモノ系とも取れるわけですが、ニューロマンティックという新しいムーブメントのおかげか、当時はお洒落な最先端のサウンドとファッションだったんですね。

これで売れなければ「キワモノ系一発屋」として名を残すことになったのでしょうが、そこはさすがマルコムのプロデュース。

本作からは「Kings Of The Wild Frontier」「Dog Eat Dog」「Ant Music」がシングルカットされ、いずれも全英チャート4位以内に入るというかなりの大ヒット、アルバム自体も12週もの間トップテン入りするという快挙を成し遂げました。

「Kings Of The Wild Frontier」のPV
TV番組での「Kings of the Wild Fronteir」のライヴ映像(口パク?)
「Dog Eat Dog」のPV
「Ant Music」のPV
TV番組での「Killer In The Home」のライヴ映像
初来日時の「Don't Be Square Be There」のライヴ映像

この後、アダムの経歴の中で最もヒットしたシングル「Stand and Deliver」が制作され、マルコムはお役御免となりますが、勢いづいた彼らは3rdアルバム『Prince Charming』でもなかなかの好成績を残すものの、後が続かなかったのか解散への道をたどることとなります。

「Stand and Deliver」のPV

もし、マルコムが引き続いてプロデュースをしていたとしたら、これ以降はどんな変貌を遂げていたのでしょう?

結局、マルコムのやり方は、確実に時代の寵児を生み出すことができる反面、一過性のもので長く続かないことが多いようです。
そういう意味ではトレヴァー・ホーン [ Torevor Horn ] がプロデュースしたグループとの共通点を見いだすことが出来ます。

しかし、この2人は、既存の音楽の枠を壊し、新しいムーブメントを作る技術という点では卓越したセンスを持っており、後の音楽シーンに与えた影響はかなりのものなのではないでしょうか。

まさに80年代を代表する名(迷?)プロデューサーです。

そんなマルコムがプロデュースした歴史的な遺跡「アダムの王国」を世界遺産感覚(笑)で訪れてみませんか。

新しい発見があるかも知れませんよ。

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